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大阪高等裁判所 昭和59年(行コ)53号 判決 1985年4月30日

控訴人

田中康夫

右訴訟代理人

安田健介

被控訴人

中京税務署長

前田輝郎

右指定代理人

田中治

外四名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事   実≪省略≫

理由

一請求原因(一)のとおり、確定申告、本件処分、行政不服がされたことは、当事者間に争いがない。

二<証拠>によれば、次の事実を認めることができ、この認定を覆すに足る証拠はない。

1  控訴人は、昭和四九年三月九日、被控訴人に対し、職業を商品取引業と記載した所得税青色申告承認申請書を提出し、その承認があつたとみなされたが、その後もその承認は取消されていない。

2  控訴人は、商品先物取引を行つたことがなかつたが、昭和四五年に少量の取引を試験的に始め、昭和四八年には大量の取引を行つた。同年中に行つた取引は、小豆が売買とも各五二回、各一三一枚、差益八五三万六〇〇〇円、ゴムが売買とも各一三七回、各八〇六枚、差損一億三一五七万一一〇〇円であつた。控訴人は昭和四九年、五〇年には商品先物取引を行わなかつた。

3  控訴人は昭和五一年には小豆の先物取引を行い、その売買とも各三七回、各八七枚、差損二三七二万三八〇〇円であつた。

4  控訴人は昭和五二年にも小豆の先物取引を行つた。その取引明細は原判決別表3の1に記載のとおり、売買とも各二九五回、各三九五枚、差益四二五八万八二〇〇円であり、これによる所得は四一九三万七三八〇円であつた。

5  控訴人は昭和五三年には主として小豆の先物取引を行つた。その取引明細は原判決別表3の2に記載のとおり、小豆の売買とも各三五回、各九九枚、差損一四二四万三二〇〇円、ほかに生糸が売買とも各一回、各一枚、差損一一万五四〇〇円であつた。

6  控訴人の行つた小豆、ゴム、生糸の先物とは、商品の先行相場の騰落を予想して、仲介業者に委託して先物の売買を行い、最終決済日までに反対売買をして、相場の変動による差益又は差損の決済をするもので、極めて投機性の強いものである。したがつて、充分な知識、経験、情報を有するものでなければ、商品先物取引から安定して利益を挙げることは難しい。

7  控訴人は、木材販売業務については長い経験と知識を有していたが、小豆やゴム、生糸の先物取引については昭和四五年にこれを始めるまでは殆んど知識がなかつた。右取引を行うようになつてからも、右組合代表理事としての仕事のあい間に新聞や雑誌の専門記事を読み、仲介業者の話を聞くなどして、知識や情報を得て取引を行つていたものであつた。

8  控訴人は、本件の商品先物取引のために、経験を有する専門家を雇傭したり、特別の事務所を設けたりはしなかつた。この取引のために必要な証拠金は自らの資金から支弁した。

9  控訴人は、京都木平林産企業組合の代表理事としての報酬、アパート賃貸による賃料が定収入としてあり、これをもつて生活の資に充てている。

10  控訴人には、昭和四九ないし五三年に、他に繰越控除すべき純損失は存しなかつた。

三商品先物取引が極めて投機性の高いものであるため安定した利益を挙げることが困難なことを考慮すると、商品先物取引による収益、損失が事業所得の金額の計算上で生じたものかどうかを判断するに当つては、その納税者のその取引に関する知識、経験、利用できる情報、右経験等を有する被用者の存否、その取引に費やした時間、他の本業の有無、取引量などを重視すべきものと解される。

前記認定のとおり、控訴人は木材販売業務の専門家ではあるが、商品先物取引には知識がなかつたところ、本件商品取引は仕事のあい間に新聞、雑誌の専門記事を読み、仲介業者の話を聞くなどして取引を行つていたものにすぎず、専門的経験を有する専門家を雇傭したり、事務所を設けたりしたことはなく、現に取引により昭和四八年から五三年までの間に年間を通じて利益をあげたのは一年にすぎず、この間を合計すると約一億三五六〇万円余もの損失を出しているのであつて、これら認定の諸事情を考慮すると、控訴人の昭和五一年ないし五三年に小豆等の先物取引により生じた損失、収益は、事業所得の金額の計算上生じたものではなく、雑所得の金額の計算上生じたものと解するのが相当である(最高裁昭和三七年(あ)第三四三号同三八年一〇月三一日第一小法廷決定、裁判集刑事一四八号一〇三七頁、最高裁昭和四九年(行ツ)第一一〇号同五一年六月二五日第二小法廷判決、税務訴訟資料八九号六九頁、最高裁昭和五〇年(行ツ)第六七号同五三年一〇月三一日第三小法廷判決、同資料一〇三号二六一頁)。

四控訴人は、当審主張のとおり、その個人商店である京都木平林産企業組合の経営安定のために本件商品先物取引を行つたものであるから、その損失は事業所得の金額の計算上生じたものであると主張する。

<証拠>によれば、京都木平林産企業組合は控訴人とは別個の法人格を有する組合であつて、木材販売を業とし、控訴人の一族が出資し、昭和四八年以降は控訴人、その妻田中智子ほか一名が理事で、事務所は控訴人の住所と同じ場所におかれ、代表理事である控訴人が主としてその運営に当つていること、その事業による所得については、同組合がその所得として法人税の申告をして納付し、他方控訴人は同組合からの給料及び配当をその所得として所得税の申告をして納付していることが認められる。

このように、京都木平林産企業組合は控訴人とは別個の法人であるから、同組合の事業との関連において、控訴人の商品先物取引を控訴人の事業と解することはできない。

五以上判断のとおり、控訴人の昭和五一年ないし五三年の商品先物取引によつて生じた収益、損失は、事業所得の金額の計算上生じたものではなく、雑所得の金額の計算上生じたものであるから、この損失を翌年(昭和五二年)分の所得から繰越控除(所得税法七〇条)したり、当年(昭和五三年)分の他の所得と損益通算(同法六九条)することはできない。

六控訴人が、昭和五二年、五三年分所得税について、原判決別表1、2のとおりの確定申告をしたことは争いがないから、その申告どおりの不動産所得、配当所得、給与所得、長期分離譲渡所得が存し、控訴人の申告どおりであれば申告どおりの所得税を納付すべき事実関係があつたものと推認される。

七そうすると、申告の繰越控除、損益通算を否定してされた本件の更正処分及び過少申告加算税決定処分は適法であるから、これの取消請求を棄却した原判決は正当である。よつて、本件控訴を棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(上田次郎 道下 徹 井関正裕)

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